Mukwano Member Blogムクワノとは、ウガンダのラカイ地区に孤児院、及び職業訓練所を設立・運営しながら親を失った子供たちをサポート、世の中に働きかけていくグループです。

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現地施設滞在リポート1 22:53

2018年8月 2人の大学生が、ウガンダのラカイ県にあるMUKWANOの施設を訪ね、子どもたち、現地スタッフ、地域の方と数日間生活されました。

 

施設を体験されたレポートをいただきましたので、以下、抜粋してご紹介します。

 

  • 無力さ

私は幼いころから父の仕事の関係でタイをはじめとする諸外国で生活してきました。その関係からか中学生のころから、「国際協力」という言葉になんとなく惹かれ、将来の目標は国際協力に従事することだ、と周囲にも豪語してきました。

 

今回の訪問も、そのようなある種の(若者特有かもしれません。)勢いだけで決定したものでしたが、実際に子供たちと交流する中で私がたたきつけられたのは「私個人の無力さ」という、訪問させていただく前には予想だにしていなかった感覚でした。

 

海外の貧しい子供たちのために働きたいと宣言していた私でしたが、いざ子供たちを目の前にすると何をどうしてあげるのが子供たちのためになるのか具体的なイメージがわかず、効率的に行動に移せない。

 

たとえば、「衛生環境が整わず感染症の要因になりうるお手洗い」や、「子供たちのための狭すぎる寝室」といった種々の問題は浮き彫りになっているのに、それを改善する知識や技術、あるいは資金繰りの一助となるような施策も影響力もない。

 

そして何よりも、「幼いころに親を亡くす」という原体験を経た子供たちが。どのような心情でいるのか、どのような心持で笑って、泣いて、怒っているのか、どのようなことを「幸せ」と感じ何を心の底から望んでいるのか、そのすべてをわかってあげられない。「自分は国際協力を目指しておきながら目の前にいる子供たちの心を本当に理解してあげることさえできないのか」と挫折にも似た感情を抱いたことを覚えています。

 

(中略)

 

私はこのことを悲観しているのではありません。むしろ。この段階で自分が「無力」であることに気づけたことは非常に有意義であったと考えています。というのも、国際協力とは自分が「無力」であることを本当の意味で理解したうえで初めてなされるべきであると考えるに至ったからです。

 

例えば、仮に私が今後国際協力に従事したとしても、助けられる人数や地域の範囲、教育や都市開発、経済開発といった専門性の範囲にはおそらく限界というものが存在します。

そのことを忘れて、国際開発に従事しているということに欺瞞を覚えてしまえば、支援を受ける人々への配慮に欠けた自己満足的な支援に終始してしまいかねません。

また、支援の現場における改善の可能性も限られてしまうことでしょう。常に「自分は無力である」ことを念頭に置き、そのうえで「そんな無力な自分がわずかながらできることは何だろう」と謙虚に探究してしていく姿勢が、国際開発には不可欠であると思います。

 

この滞在で得られたこの貴重な感覚を忘れず、今後も謙虚に自分ができることを探していければと思います。

 

 

次回も、大学生のリポートの続きをご紹介します!

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